この感覚を

detti2006-03-05

どう表現すればよいのだろう。
朝、目が覚めると、胃のあたりを中心に、ずーんと重い感じがする。
ああうるはもういないんだなあ。現実が圧倒的に迫ってくる。


1日、なんとなく、今日も大丈夫なんじゃないかと思っていた。だが夕方、気になってY子に電話してみるが出ない。しばらくして、Y子から電話をもらって、慌てて帰ると、Y子がうるを抱きしめていた。
まだ動いているような気がする。
でも、もう息をしていないように思うよ、とY子。
さわってみるとまだ暖かくて、一瞬、息をしているようにも思えたけど、
すぐに死んでいるとわかった。


夕方、うるはものすごい悲鳴をあげ、どこかへ行きたいように必死でもがき、
Y子がだっこしてももがき、やがてがっくりと力尽きたという。


でも、この時間まで頑張っていたのは、うるがぼくを待っててくれたのかも知れない。
ぼくが電話したとき、Y子はちょうどうるを抱っこして、うるが必死でもがいているときだったらしい。うるは知られせてくれたのだろうか。


甲高い、あーあーとも、きーきーともいうような、うるの悲鳴が耳に残っている。
月曜の晩からだろうか、うるはそれまで聞いたことのない、そういう悲鳴のような声を時折あげるようになった。


苦しかったんだろうか。それとも怖かったんだろうか。


火曜日の朝、もう今日が最後かもしれないよ、とY子。
ごはんはもちろん、もう水も飲めなくなってしまった。
時折、飲みたそうに、水のところには行くのだけど。

お風呂場に陣取って、ぼくらはお風呂に入れなくなった。
お風呂場でうるが悲鳴をあげる。
そのたびにかけよって声をかける。
何も怖くないよ、何も怖いことなんてないよ、とY子が必死で言う。


でも、怖かったのかな。
死ぬのは、40近いおっさんのぼくだって怖い。


Y子と二人で、うるのからだをふいてやる。
火曜日くらいからか、口に黒いねばねばしたものが出ていて、吹いてもなかなかとることができず、とろうとするとうるも嫌がっていた。何とかそれをきれいにしてやる。毛をといて、最後は気に入っていたキャリーバックに寝かせる。
うるは、かっと眼を見開いて、口を半開きで、何とか閉じさせてやろうとするけど、少しはましになるが完全にはうまくいかない。穏やかな顔だねと、二人で自分に言い聞かせるように言う。うるの口には、小さな小さな永久歯が生えてきていた。
Y子は泣いている。が、ぼくは不思議と涙が出ない。
二人でお線香をあげて、お経をあげる。
ローストチキンを供える。


病院へ報告。休診日なので留守電になっていたが、すぐに電話をもらう。
いろいろ聞いてもらう。
T間さんにも報告。
二人で酒を飲む。
やがてY子眠る。
ぼくは、なぜだかみんなに報告しなければという強迫観念にとらわれ、あちこち電話。
きしさん、Y田、K谷、T間さん、EZさん、U山さん、ありがとうございました。
ねずみ王様には、SOP太が心配なので電話しませんでした。


***

死とは、これほどにむごたらしいものなのだろうか。
最期の2日間、これならば楽にしたやったほうがいいのかとも思った。
だが、いまはどんなに重い病気であっても、いてくれたほうがいなくなるよりはいいと思う。

***
以下、Y子の日記から、了解を得て抜粋。
――2月28日(火)
  朝から眼や脚の調子が一層ひどくなっている。
  眼にしゅん膜がひどく出ている。T(ぼくのこと)に今日で最期かもしれないと伝えておく。
  食べることも飲むこともしない。スポイトでミルクを飲ませようとしたが、いやがるのでやめ  る。
  キャットタワーに登ろうとするが、できない。抱っこして上に乗せる。
  その後、下ろすと、歩けない脚で一生懸命Tの毛布の上へ行く。
  2人でそこで眠る。鳴いて(床に下りていた)起こす。
  どこかに行きたそうにして、居間のじゅうたんの上でもがく。
  (水をスポイトでのませようとしたが、いやがるのでやめた)。
  キャットタワーに乗せる。目は開いていて全く眠らない。
  下ろすと、またどこかへ行きたそうにしてもがく。
  (おしっこをもらしたので後ろ脚の毛に色がついている)。
  ようやく歩き出すが、すぐにひしゃげて歩けない。
  風呂場へ向かうので、抱っこして風呂場へ連れて行く。
  やはり眠らない。だっこして(Y子の)部屋の座椅子の裏に置いてみる。
  眠り始める。
  
  夜、風呂場から動かない。時々悲鳴のような鳴き声を出す。
  苦しそうだ。口から黒いものが出ている。
  夜中もそんな状態が続く。

***

今日、うるの眠る墓地へ行く。
明るくて良いところのようだ。
うるの遺骨を見せてもらう。
ものすごく小さい。
Y子、うるちゃん、と言って泣く。