一周忌

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早いもので、あれからもう一年。7月4日はこうの一周忌であった。こうが大好きだったおやつやおもちゃをお供えして、Y子とお参りをする。けんもそばの机の上に座ってじっとしている。終わってから宅配の鰻丼をいただく。昨年の今頃はきれいに花を咲かせていた池のスイレンだが、今年は気候がおかしいのか、まだ咲く気配がない。3人での生活にもだいぶ慣れてきたけど、それでもやはり心にぽっかり穴があいたような、寂しい気持ちはつねにどこかにある。家族が減るというのはこういうことなんだなあと思う。いつもけんの身づくろいをしてやっていたこう。毎朝僕を見送りに玄関まで出てきてくれていたこう。いつもY子と一緒に寝ていたこう。人懐っこくて、お客さんが来たら人見知りせずに必ず挨拶に出てきて撫でてもらっていたこう。休みの日、僕が山に出かけるとき、え、また行くの?みたいな顔でじっと僕を見つめていたこう。帰ってきたら必ずすりすりしにやって来てくれていたこう。朝新聞に乗って撫でられるのが大好きだったこう。優しくて大きな猫だったこう。天国で元気に過ごしているかい。

 

 

梅雨入り


今年は例年になく気候が良く、過ごしやすい日々が続いているが、こうの11ヶ月目の月命日も春らしい素晴らしいお天気で、心静かにお参りをすることができた。

梅雨入り後もほとんど雨は降らず、湿度も低い快適なお天気。けんも気持ちがいいのか、相変わらずよく眠り、よく甘える。ところで、けんは、甘えるときや気分のいいときにはお腹を(背中を)ぐっと持ち上げて、膨らんだみたいになってあちこちくるくる練り歩く。これは子猫時代にお腹を撫でたらけんが喜ぶというので、歩いているときによしよしよしよしとよくお腹を撫でていたことの名残であろう。そうやってあちこち歩き回って椅子やらテーブルやらにすりすりして回った挙句、最後には居間に来てころりんと倒れる。これはもっと撫でてくれという合図なので、そうなるとけんが納得するまでお腹を撫でまくるのである。

もうすぐこうが発症した日が近づいてくる。去年はぼくが病気になったり、ベランダで栽培していたマタタビが突然枯れたりと妙なことがたくさん起こった。こうが亡くなってから育て始めた猫が好むというハーブは冬を越えても順調に育っていて、この春には種類も増やしてプランターも始めた。こうが病気になったときにきれいに咲いていた池の睡蓮の花だが、今年はまだ葉も小さくて咲き始める気配はない。

毛玉の季節


あっという間にGWも終わり、気がつけばもう5月も終盤。いい気候だがこの時期は猫の換毛期で、毎年けんに毛玉が発生する要注意時期でもある。けんは毛玉ができやすい毛質のようで、できるだけブラッシングはしているだが、どうしても追いつかないようで、毛玉が悪化したときには動物病院でいわゆるライオンカットにしてもらったこともあった。こうは全然毛玉ができなかったので、兄弟でも不思議なことである。

それで昨年から猫用バリカンを導入し、まめに毛玉を退治していたら見事に毛玉が自然解消したのである。今年も毛玉ができ始めているが、今年はバリカンに加えて長毛種用のバカ高い高級ブラシ(?)も導入し、少しずつ退治している。けんもこのブラシを気に入ったようで、それはそれは気持ち良さそうに、目を細めてブラッシングされている。

こうのこと


猫の心筋症は、発症しても数ヶ月は生きる場合も多いと聞いていた。だから、こうが発症したときも、助からないとはわかっていたが、そんなにすぐに劇的に病気が悪化するとは思っていなかった。しかし、病院から帰ってきたこうは、もう歩くことも難儀するほど悪くなっていた。

だから、その時はあまりわかっていなかったのだが、もう意識も朦朧として苦しかったんだと思う。病気になったこうは以前のかわいらしい声を失い、苦しそうにあーあーと言いながら、動いては倒れながら、家中を不自由な足でゆっくりと動き回っていた。ただ大好きだったY子の部屋は除いて。苦しくてじっとしてられなかったんだろう。大好きだったY子の部屋には、悲しくてもう入れなかったのかもしれない。

こうはその状態で11日間頑張った。Y子も希望的に考えていたんだろう。もう少ししたら塾の仕事が休みになるから、そしたらこうちゃんとずっと一緒にいてあげられるから。でも、11日目の夜、こうが涙を流したとき、僕はこうがお別れを言っているんだと思った。そしてその次の朝、こうは息をひきとった。Y子と僕に見守られながら。

発症してから、こうが何も食べず水も飲まないので、嫌がるこうにスポイトで少しずつ食べさせたりしていた。今となっては、そのままそっとしておいてやったほうがよかったのかもしれないと思う。

(写真は2016年5月8日)

ワクチン


毎年恒例の三種混合ワクチンも今年はけんひとり。移動も病院も大の苦手なけんは、いつものように玄関を出るやいなやにゃーにゃーにゃーにゃー、どこ行くの、行きたくない、帰ろうよと抗議の声をあげる。病院ではこれまたいつものようにしゃーっと威嚇(病院でしか見られない貴重な光景)。ともあれ、ワクチンもお無事終わってほっとしました。

けんは6.2キロでほぼ変わらず。帰ったら家中を点検して、しばらくくつろいだあと、疲れたのか休んでしまった。これからも健康でこうのぶんも長生きしてほしい。

けんこう兄弟がやって来た日、月命日、そしてうるのお参り


4月4日(火)は11年前にけんこう兄弟がわが家にやってきた日であり、こうの9ヶ月目の月命日でもあった。いつものようにお経をあげてお参りをする。いつものようにけんは僕の足下で丸くなってじっとしている。今回はとても穏やかにお参りをすることができた。

例年より遅れていた桜が咲き、そして散る。16日(日)はうるの春の法要。いいお天気で気持ちよくお参りすることができた。

うるの命日、そしてこうの月命日


1日はうるの12回目の命日。4日はこうの7回目の月命日であった。

寒いときにやって来て、暖かくなる前にこの世を去っていったうるは、ヒーターの前に置いてあったカゴに入るのが大好きだった。うるの来た年は特別に寒い年だったが、亡くなる何日か前、暖かい小春日和の日にベランダで抱っこして撮った写真が残っている。病気で成長は止まってしまっていたが、それでもうるのなきがらの口の中には、小さな小さな永久歯が生えてきていた。そんなことを思い出しながら、Y子と二人で簡単にお祈りをする。

月命日ではいつものようにY子がお経をよんでおまいりする。手を合わせながら楽しかった日々のことを思い出そうとするけど、思い出すのは晩年の悲しい思い出ばかり。こうは幸せだったのかなあと、ずっと考えている。おまいりしているあいだけんは、僕の足元で丸くなって静かに休んでいた。