六七日

Y子の大切なおばあちゃんが亡くなった。つい先日もY子と電話で話していて、僕がY子にプレゼントしたバッグ(Y子が元気がないので思い切ってプレゼントした)を見るのを楽しみにしていると言っていたそうなのだが、突然のことだった。

 

Y子は名古屋に駆けつけているので、今日だけは僕が六七日のお参りをする。だいぶ以前にY子にもらった『般ニャ心経』という猫と学ぶ般若心経みたいな本にお経の読み方が書いてあったので、一生懸命それを声に出して読む。表紙も猫の写真で、ちょうどよかった。けんに、そしてこうに、いろいろと話しかける。けんよ、今日はいつもと違うにゃーと思ったかな?

 

おばあちゃんをけんが見つけて出会っているように思う、とY子からメール。

 

けんの最後の数日を思うと胸が痛む。

 

大切な家族がどんどん減っていく。とても寂しい。

夢(2)

なぜか今日はけんの姿をよく見る。今も本棚の端っこのあたりにけんがいる。けんちゃんがそこにいるよと言うと、Y子も見えると言う。やっぱり四十九日までは家にいるというのは本当なんだなと思った。

 

不思議なことに、Y子もけん昨晩けんこう兄弟の夢を見たらしい。内容はよく思い出せないが、ふたりともふくふく元気で良い夢だったそうだ。

五七日

五七日のお参り。シャクヤクがだめになってしまったので、Y子が赤いバラを買ってきてお供え。心静かにお参りする。お祈りしながら思い出すのはやはり病気になってからのことばかりだが、それでも元気なとき、ころころ転がって甘えていたこと、毎朝耳の下をくちくち撫でてやると喜んでいたこととかが心に浮かんだ。

 

家の中はけんがいたときのままで(片付けた僕の部屋以外)、けんが最後の日々を過ごした猫ベッドや猫トイレもそのままになっている。猫ベッドにはまだけんがいると思って毎朝起きたとき、出かけるとき、帰ってきたとき、寝る前には声をかけている。それでも少しずつ変わっていくこともあって、けんが帰ってきたときのために育てていた猫草は少し前に枯れてしまった。Y子は動物保険に電話をしたが、途中で泣いてしまったという。

 

猫遠足の夢の話をしたらY子がそれを絵に描いてくれてついに完成したようだ。僕が見た夢の風景とはぜんぜん違うけど、良い絵だと思った。最近、妙な夢ばかり見るので、猫遠足の続きを見てみたいな。

けんこう兄弟の思い出(4)

なぜだかよくわからないし、うまく言えないのだけれど、けんは彼がそばにいるだけで微笑んで笑ってしまうような、不思議な力を持った猫だった。そばにいるだけで安心してリラックスできるような。それは、最後の日までそうだった。

 

だから、どんなに状況がきびしくても、僕は楽観的になれたと思う。それは、けんのおかげだった。

 

だから、けんと三人になってから、僕らは一度も喧嘩しなかったと思う。でも、最後にけんが入院する前、今後の治療方針をめぐって(具体的には薬をあげるかどうかということ)、少しだけ気まずくなってしまったことがあった。けんがもうしんどくてたまらなかったときに。それが気がかりである。その日、結局僕らはけんに薬を飲ませた。それが良かったのかどうか。けんに無意識のうちに毎日謝っているのは、それがずっと僕の中で引っかかっているからかもしれない。

月命日と四七日

昨日はこうの月命日のお参り。

 

こうは3年前の7月4日の朝、僕とY子に見守られながら、心筋症で息を引き取った。ずっと元気だったのに突然異変が起きて、こうは発症から12日目に亡くなった。異変を感じたのは、僕が出張に行く前の晩だった。翌朝、不安そうにタンスの裏にじっと隠れていたこうを今でも思い出す。その日、Y子が朝一番で病院に連れて行ったのだが、こうはそのまま入院となった。僕は出張を切り上げて帰ってきたが、こうはいなかった。

 

亡くなる前の夜、こうは僕の部屋と居間との境で横になって、静かに涙を流した。こうがお別れを言っていると、僕は思った。

 

今日はけんの四七日のお参り。過ぎた日に丸をつけた居間のカレンダーは、5月8日で止まったまま。Y子が白いシャクヤクの花を買ってきてお供えする。お参りしている間、楽しかった思い出を思い出そうとするが、心に浮かぶのは病気になってからのことばかり。お経が終わって、けんちゃん、ごめんね、と言うと、なんで謝ってるの?とY子。そういえば、なんで謝ってるんだろうと思うが、振り返ると毎日謝っている。看病がこれで良かったのかなとか、お薬がかわいそうだったねとか、最期僕だけでよかったのかなとか、そういうことかなと、自分でも考えながら説明する。

 

けんちゃん、ありがとう、大好きだったよ、こうちゃんもありがとう、大好きだったよ、ふたりとも今でも大好きだよと、あらためて言う。